ふたつの「大陸軍」
世界史上、「大陸軍」と呼ばれる有名な軍隊はふたつある。ひとつはジョージ・ワシントンが指揮して英国からの独立戦争を進めた「大陸軍 Continental Army」、もうひとつはナポレオン・ボナパルトが率いてアンシャンレジームの君主制諸国と戦った「大陸軍 Grande Armee」である。
もうおわかりだろうが、この二つの「大陸軍」は実は区切る場所が違う。前者は「大陸・軍」であり、後者は「大・陸軍」である。漢字の字面を知っていても違いを知らない人は結構いるのではないか? 正直なところ私も数年前まで前者も「たいりくぐん」だと思い込んでいた。ちょっと言い訳をすると、大陸封鎖令等で「ナポレオン体制=ヨーロッパ大陸」として島嶼の英国や非ヨーロッパ的なロシアと対比されるというイメージがあるからかと思う(突然脱線すると、ロシア人の民族的な自己定義はなかなか興味深い。自らを西欧人とその文化からはっきり区別する一方、アジア人からも明確に区別している。正教を奉じておりかつて東ローマの精神的後継者を名乗った経緯も大いに関係しているだろう。一方で、帝政期には支配階級の間でフランス文化の影響が支配的だったため、文化面でその名残りが見られる)。
この二つの「大陸軍」は時代的にも近接している。アメリカの「大陸軍」1870年代後半に活動し米国陸軍の源流となり、フランスの「大陸軍」は1800年代後半から1815年のワーテルローでの最終的な敗北までの間に活動した。「両大陸の英雄」と言われたラファイエットは前者を義勇兵として戦い、後者も経験している(もっともすでに名声も失っていたラファイエットはもはや公職になく、戦火の及ばない地方で隠棲していた)。
アメリカの「大陸軍」は、もちろん、イギリス軍に対するアメリカ大陸13植民地の連合軍という意味である。よく知られているように米国の源流となる13植民地はいずれも独立した組織であり、統一した指揮命令系統があるわけでもなかった。それが一致団結して軍事行動をとることができたことはひとつの画期であり、連邦主義とアメリカ合衆国の成立にも直接関わってくる。
一方フランスの「大陸軍」は、そのまま大きな軍隊という意味である。おそらく初期には義勇軍を編入していくために「軍」の上位概念が必要だったという理由もあるのだろうが、ナポレオンの権威が高まるにつれて軍隊は名実ともに grande なものになっていった。最盛期であるロシア戦役直前の兵員はおよそ 685,000 人に及び、これはヨーロッパ史上最大のものであった。しかも、アンシャンレジームの貴族的で硬直した軍隊とは異なり、士気も練度も高いレベルで均一な市民軍である。アンシャンレジームで圧倒的な陸軍大国であったロシア陸軍も 488,000 人にとどまり、士気の高まりにより民兵を組織できたこと、そしてなにより甚大な痛みを伴う焦土作戦の敢行によりかろうじて撃退できたにすぎない。ところで、2020年の米軍人員は 1,377,863 人(予備役を除く)、中国軍人員は 2,035,000 人(同)に及ぶそうである。実はこれには近代以降の人口急増(ヨーロッパだけ見てもこの200年で人口は約3倍)という背景もあるが、完全に機械化され完全武装し、識字率も100%で、兵卒の中にさえ高等教育を受けた者が多くいるというとんでもない軍隊である。なかなかイカれた時代を生きているものだと思わずにはいられない。
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