Amazon アプリストア(Kindle Fire タブレット)の「YouTube」アプリの正体
謎の「YouTube」アプリ
Kindle Fire タブレットから Amazon アプリストアにアクセスすると「YouTube」という無料アプリがあり,常にダウンロードランキング上位に食い込む人気を誇っています。
しかし,アイコンは YouTube のロゴではなく,青地に白文字に「YouTube.com」と書かれただけの味気ないものです。見ればわかる通り,Google の純正アプリではありません。言ってしまえば偽物です。ダウンロードして起動してみても,YouTube のウェブサイトが開くだけです。
YouTube:Amazon.co.jp:Appstore for Android
実は,Amazon アプリストアには Google によるホンモノの YouTube アプリもあります。ただしこれをダウンロードできるのはセットトップボックスの Fire TV シリーズだけで,Fire タブレットや Android 端末からはダウンロードできません。
YouTube:Amazon.co.jp:Appstore for Android
「YouTube.com」アイコンのアプリは YouTube とは無関係の誰かが公開しているものなのでしょうか。それにしては,「開発者」欄には youtube.com と書いてあります。この開発者はこのアプリの他には何も提供していません。公式アプリでないのであれば,何者かが "youtube.com" を騙っていることになりますが,その正体は謎に包まれています。
とはいえ更新はそれなりに活発なようで,執筆時点の最終更新日は 2021 年 6 月 30 日となっています。
「商品説明」欄を見ると,以下のように書かれています。
Search, browse and play thousands of videos. This is a bookmark that provides a direct link to a mobile optimized website.
これは単なるブックマークであるとの誇張気味の説明が書かれています(実際には,内部ブラウザで YouTube ウェブサイトを開く機能を持つ,Kotlin で書かれたアプリケーションです)。実際の機能はすべて YouTube ウェブサイト (youtube.com) のものなので,開発者は "youtube.com" なのだという理屈なのでしょうか。
しかし,いくら Amazon アプリストアが混沌としているとはいえ,他人のウェブサイト URL を騙った開発者名による単なるブックマークが「アプリ」として人気を誇ることが許されるものなのでしょうか。しかもこの謎のアプリ,以前 Kindle デバイスの宣材画像にも使われていたのです。
正体
では,この「YouTube」アプリは一体何なのでしょうか? 注意深く観察すると,"youtube.com" の背後にいるのが何者なのかはすぐにわかります。ええ,お察しの通りです。
謎の開発者 "youtube.com" の連絡先は "tablet-youtube-team(at)amazon.com" となっているのです。
amazon.com のドメインのメールアドレスは一般提供されていないはずです。Send to Kindle というサービスでは kindle.com のメールアドレスが割り当てられますが,これは特定用途にしか使えない仕組みのものです。
このアプリのアプリケーション ID も同じことを示しています。
アプリケーション ID とはアプリごとのユニークな ID のことで,Android ベースのシステムで内部的に使われています。通常は開発元のウェブサイト URL を含みます。
アプリケーション ID を設定する | Android デベロッパー | Android Developers
この ID が,直球の "com.amazon.youtube_apk" なのです。
仮に Amazon とも無関係なのだとしたら,このようなアプリケーションは Amazon によって許容されないでしょう。結論として,"youtube.com" による謎の「YouTube」アプリは Amazon 自身によるものであると考えられます。
背景
なぜこのような回りくどいやり方をしているのでしょうか。その背景には過去に存在した Amazon と Google との間の確執があります。
2015 年から 2017 年にかけて,Amazon が Google 製品の取り扱いをやめたことをきっかけに Google も Amazon Fire TV から YouTube を再生できないようにするなど,両社の対立が高まっていました。
GoogleとAmazonが和解。YouTubeをFire TVに、PrimeビデオをAndroid TVに提供 – Impress Watch
謎の「YouTube」アプリの提供開始は 2014 年ですが,その頃から既に緊張があったのでしょう。Google は Amazon アプリストアに YouTube アプリを提供しませんでした。しかしそれでは Amazon は困ります。いくら自社の Prime Video に誘導したいとはいえ,YouTube アプリがないのでは,Fire タブレットの競争力自体を損なってしまうからです。そこで生まれたのがこの曖昧な説明しかない正体不明の「YouTube」アプリなのでしょう。
一応 Fire タブレットにも YouTube アプリがあるということにしておきたいものの,元々友好的な関係ではない以上,あまり積極的な動きを見せると訴訟を招く恐れがあります。そこで,Amazon だと明示することもない一方で積極的に第三者の装いを持たせようともせず,起動すると YouTube ウェブサイトをそのまま開くだけというやる気のないアプリが Amazon アプリストアに登録されるに至ったものと思われます。
市場の変化もあり,この対立は 2019 年には終結しました。その結果,Fire TV については純正の YouTube アプリが提供されることになりました。しかし,Amazon と Google がプラットフォームビジネスで競合関係にあることには変わりがありません。あえて原状復帰以上の協力をする理由もありませんし,かといって余計な刺激を与えるのも避けたいところでしょう。その結果,両社の暗黙の合意の元,この謎のアプリが曖昧な状態のまま維持され続けられているのだと考えられます。
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